ひろば100時間読書のログ

東京大学書評委員会ひろばが行う「100時間読書」のログです。

ハイネ詩集(片山敏彦訳) 新潮文庫

ハイネの詩の中の言葉を借りて言うならば、ハイネの詩の特徴は、「歓喜に充ちた苦悩、楽しい痛み(P173)」のように、甘美さの中の苦さにあるであろう。この「苦さ」は「甘美さ」と対立するものではなく、むしろ「甘美さ」を引き立て、それ自体が観賞の対象になっている。ハイネは、詩作の至るところで、価値の転倒を意図的に作り出している。墓や死という概念が、最期の審判や、ギリシア神話の題材を介して安楽や幸福と結び付けられている(P42,95)。また、動物たちとの関係の中で「王」にあたる羊飼いが、自らの「王国」の所在を、妃の瞳の中にあると言う(P89)。こうした爽快な価値転倒が、ハイネの文体の独自性ではないだろうか。それは、抑圧的な政治体制下における自由への渇望、すなわちフランス革命の思想的洗礼に基づいて形成されたものであろう。

Timmy P229